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【Thinking Time】⑰三ない運動撤廃から 3年目の夏

*BikeJIN vol.225(2021年11月号)より抜粋

埼玉県では、今年度も「高校生の自動二輪車等の交通安全講習」が続けられている
三ない運動を撤廃し「乗せて教える」交通安全教育も、はや3年目を迎えた
緊急事態宣言下でも強い意志で開催されるこの取り組みがもたらすものとは何か?
成果は? その指標は? いま求められているものとは?

埼玉県の取り組み

埼玉県は、2019年4月に三ない運動を撤廃し、乗せて教える交通安全教育へと舵を切り、「高校生の自動二輪車等の交通安全講習」は今年で3年目を迎えている。原付や自動二輪の免許を取り、バイクに乗り出した生徒の多くは、バイトや買い物に出かけたり週末にツーリングを楽しんだりと、日常生活の中でバイクを利用している。特に、秩父のような中山間地や群馬県にほど近い平野部では、バイクがなければ移動に困ることも多い。公共交通機関の乏しいエリアでは、小さなバイクの機動性こそが日々の移動を支えており、彼らには安全運転のための学びの機会が必要だ。

埼玉県の公立(県立139校・市立5校)高校の総数は144校。講習会への参加校数は増えていたが、新型コロナ禍の影響で今年度は減少が見込まれている。私立高校への影響はまだ見られないようだ
埼玉県内の公立高校生のバイク事故「報告件数(10日以上の欠席を要するような事故・死亡事故)」は上記となる。警察本部からの提供情報だと県内高校生のバイク運転中の事故は2019年中で47人、2020年中で61人となっている。今のところ、受講生徒に大きな事故はないようだ

新型コロナ禍でも続く 命を守るための講習会

新型コロナ禍となり、二輪団体や警察などが実施する安全運転講習会、ライディングスクールの多くが中止となる中、不退転の決意で(私にはそう見える)講習会を続けているのも、バイクを必要とする生徒が、学びの機会がなく命を落とすようなことがあってはならないからだ。感染リスクを抑えるためにと、年に一度しかない貴重な講習の機会を奪うべきではない。これは、本講習会に関わる関係団体や大人たちが皆感じていることだろう。

バイク事故は起きている。三ない撤廃以降、県内高校生の死亡事故も発生している。しかし、だからと言って、本取り組みの歩みを止めるべきではないし、高校生のバイク運転を禁止すべきではない。今後も少子高齢化が加速するなか、アクティブに、能動的に、自主自律の精神をもって、この取り組みは続けられるべきだ。そうでなければ、臭いものにフタをしていた三ない運動からの進歩がない。交通状況の見方や考え方を教え、乗り方を教え、事故に遭わないための気づきを教える。それこそが交通安全に必要な「教育」だからだ。 

本講習会で生徒が学ぶべきことは多いが、講師やインストラクターが注力していることは、生徒が交通事故に遭わないための「気づき」を体験してもらうことだ。運転実技では、バイクをうまく扱えていない自分に気づく。わずか90分ほどの運転講習で「うまくなれ」なんて誰も言わない。できない自分に気づく。できない自分に気づかせる。そういう場になっている。これは座学講習でも同じで、今年度からは危険予測トレーニング(KYT)が追加された。ホンダの安全運転普及本部が開発した生徒参加型のプログラムで、公道走行中の多くの危険に気づき、学ぶことができる。公道経験の浅い高校生に「ここが、こうだから危ない」と教え、危険予知能力を高めてもらうものだ。

認知・判断・操作の前の「周囲の危険を予測する力」を学ばせている
交差点にトラックと対向右折車を配置し、横断歩行者との事故や右直事故の危険性を気づかせるための場面設定
バイク事故の致命傷部位2位が胸部であり、その胸部を守るための胸部プロテクターの必要性をPRする展示
ヒットエアー社のエアバッグベストを着用し、エアバッグの瞬時展開を実体験した参加生徒(右)。白バイ隊員も着用しており、県警本部からの講義の過程で行なわれた

開講式にて県の教育委員会から参加生徒に伝えられる 「大人たちの本気と願い」とは

開講式では、県教委から生徒に対して、三ない運動が撤廃され免許が取りやすくなった一方で重傷事故も起きていることを伝え、交通社会の一員としての自覚、安全な運転知識と技術、そして何よりも「自分の命と他人の命を守ること」を身に付けてほしいという講話がされる。これらは、交通安全教育の柱であって、三ない運動が“フタ”をしていた内容だ。三ない運動の願いはそのままに、学びの機会ができ、大人も本気で教えられるようになった

毎回、参加生徒の前で開講式を行う県教育局保健体育課の遠井 学さん。参加生徒も真面目に話を聞いている

これからの安全教育

3年目の今年は、有識者らによるモニタリング委員会の内容や、そこで出された意見が積極的に多数採用されている。特に、体調不良などで本講習会に参加できなかった生徒でも、グッドライダーミーティング埼玉(主催:埼玉県警察・埼玉県二輪車普及安全協会)など他団体による講習会の受講でOKとされた点は大きい。講習会によってはそこそこのお金がかかる所もあるが、こうした改善により、年に一度の講習会以外にも学べる機会が増えたことになる。他団体の活動も認知されていけば、自発的に参加する生徒も増え、県内高校生ライダーの底上げにもつながるだろう。

今年度、モニタリング委員会での意見・内容を反映した点

①参加率が低い(受講率向上の取組みが必要)
→全校に対し、原則、皆参加であることを周知

②参加できなかった場合の代替対応の検討が必要
→他機関が開催している講習会の受講で、代替可能とした

③胸部プロテクター着用推進も必要ではないか
→実技講習の際に紹介、推進するよう二輪車普及安全協会に依頼

④午後の参加人数が少なかった
→人数が多い地区については、主催者側で午前・午後の割振りを行った

⑤車両未所持者や免許取得予定者も参加できるようにするべき
→車両未所持者や免許取得予定者にも参加を促し、座学講習を実施

⑥講習会実施の際、会場は終日使えるように調整してほしい
→各会場に対し、終日での講習にも対応できるよう事前に依頼

⑦車両無しでの参加予定生徒の人数を事前に把握し、準備したい
→事前に参加申込状況を集約し報告した

⑧熱中症等の心配
→水分補給を励行。休憩・給水時間の設定を増やすよう指導員に依頼

⑨不適格車両を事前に改善してほしい
→事前周知に不適格車両での参加は認めないことを明記

⑩講習に相応しくない服装での参加生徒への対応
→事前周知に半袖・半ズボン・サンダル等での参加を認めないことを明記

さて、私は本講習会を初年度から見てきた。講習会の開始前は「何年後に成果を求めるべきか」「何を成果の指標とすべきか」という話も聞いていたが、いま率直に思うことは、このまま焦らず、止まらず、柔軟にいろいろな意見に耳を傾け、取り入れながら継続してほしいということだ。特に、個人的にお願いしたいことは、この取り組みを生徒の保護者や全国の教育関係者に見てもらうべく、情報発信やPRをもっと積極的に行なってほしいということ。「埼玉県をモデルケースにしよう」もいいのだが、まずはそうするための仕組み作りに今から動いてほしい。まだまだ先は長いだろうが、将来の日本社会に必ず良い影響をもたらすはずだ。

Writer 田中淳磨(輪)さん

二輪専門誌編集長を務めた後、二輪大手販売店、官庁系コンサル事務所への勤務を経て独立。三ない運動、駐車問題など二輪車利用環境問題のほか若年層施策、EV利活用、地域活性化にも取り組む

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