実物は最高のコミュニケーションツール
「2ストの復権は、現実にはあり得ないかもしれません。でもヤマハはもともと、『2ストエンジン屋』だったんです。2ストは、ヤマハの内燃機関技術の根本と言ってもいいかもしれません。そこを見失うわけにはいかないんです」と畑﨑さん。
松尾さんも言う。
「確かに今は4ストエンジンが主流ですが、内燃機関であることには変わりありません。もっと言えば、モノが動いているという意味では同じ(笑)。 今、そして未来に壁にぶつかった時、元を辿ることができるのは技術者にとっては非常に価値があること。『進歩』というのは、元があっての話ですからね」
さらに畑﨑さんが付け加える。
「ヤマハにはロボティクス事業部があって、サーフェスマウンターを製造しています。 ……と口で言っても、何がなんだか分からないですよね(笑)。でも、実際にモノを見ると、『ああ、なるほどね』『こんな風になってるのか』とみんなが語り合えるんですよ。モノを挟んでのコミュニケーションが始まるんです」
ちなみにサーフェスマウンターとは「電子部品実装関連機器」のこと。プリント基板に電子部品を搭載していく装置だ。
ヤマハは大きな企業なのだ。バイク、マリン製品、産業用ロボット、プール(!)、そして産業用マルチローター(農薬散布に使うドローン)と、造っている製品も陸海空の全領域かつ多岐にわたる。
それらを横通しにして眺める機会は、なかなかないのだ。コミュニケーションプラザで自分が普段造っているのとは違うモノを前にして語り合うことで、さまざまなアイデアが広がっていく。
このように主に社内向けだった「コミュニケーション」は、今、どんどん外へと広がっている。
以前は一般の見学には予約が必要だったが、現在は11名以上の団体以外は予約不要。入場も無料だ。「ヤマハは、社会に、そして地域に開いた企業でありたいと考えています。コミュニケーションプラザのあり方も、時代の変化にともなってどんどん変わっていくのが自然」と松尾さん。
展示物を通じてヤマハの過去・現在・未来を知ってもらい、ユーザーとのコミュニケーションを図ろうという狙いだ。
畑﨑さんは、「オーナーズクラブミーティングなどの目的地にしていただくなど、コアなヤマハファンの方たちには聖地扱いしてもらえているようで、ありがたい限りです」と笑う。
その一方で、「地域の人々にもっとヤマハを知ってもらいたい」という思いもある。静岡県西部でヤマハと言えばよく知られた「有名な大企業」ではあるが、楽器のヤマハとの違いや、バイク以外でも多岐にわたっている事業については、実はあまり知られていない。
知ってもらうためには、情報発信が欠かせない。いくらネットが浸透しても、実際のモノ以上の情報源はない。コミュニケーションプラザを有効活用すれば、地域の人々とも質の高いコミュニケーションを取れる、というわけだ。
さらに重視しているのは、子供たちとのコミュニケーションだ。コミュニケーションプラザでは、03年から小学生の親子を対象としたモノ造りの体験教室を開催している。「子供のうちからモノ造りへの興味関心を持っていただければ」と畑﨑さん。
昔なら身の周りにある目覚まし時計など簡単な機械を片っ端から分解して壊したものだが、電子化、ブラックボックス化が進んだ今の製品は、ネジを見つけることすら難しい。今の子供たちは分解遊びの経験がほとんどないのだ。
「教室では、機械いじりに限らず手作りバッグやデザインにも挑戦してもらっています。おかげさまで好評なんですよ」と松尾さん。
「モノ造りが好きな子供たちは、必ず一定数います。コミュニケーションプラザが、そういう子たちが集まる場になれば……」と目を細める。「こうした取り組みは、すぐに何か効果が得られるものではありません。でも、一足飛びにはいかないのがモノ造りの本質。これも、未来につながる重要な事業だと考えています」
過去、現在、そして未来へ。モノ造りに不可欠な人と人とのコミュニケーションが、この施設を軸にして留まることなく延々と続く。