その土地を深く知るには温泉と食が最短ルート
黒川温泉がいま「黒川温泉一旅館」というフレーズを掲げているのはご存じでしょうか。これは温泉街全体をひとつの宿のように楽しんでほしい、というもの。「温泉街がお宿だから、旅館はお部屋、道は廊下」だなんて、とってもユニークでわくわくする! でも、「知る人ぞ知る高級温泉地でなんでそんなことができちゃうんだろう?」と不思議でもあったんですよね。
その答えは意外な黒川温泉の歴史の中に。実はそのひと昔、4、50年ほど前までここは鯉こくなどを提供する半商半農の今よりずっと素朴な温泉地だったのだそうです。暇な時にはソフトボールをしたりと寄り合っていたという当時6軒の宿主さんたち。中から洞窟風呂など露天風呂を目玉に人気を博していく宿があらわれたといいます。「露天風呂の集まった温泉街にしよう」。そう計画をたてる際「露天が作れない宿のお客さんはうちの風呂に入ってもらえばいい」と宿同士で温泉を開放しあったのがいまの入湯手形の始まり。そして、この入湯手形によって黒川温泉は今の姿になっていったそうです。かわいくてお得な木札が急にたくましく見えたのでした。
このエピソードを聞かせて下さったのは御客屋の女将さん。浴衣生地をドレスに仕立てた装いが素敵で、このお話も黒川温泉一の老舗300年の歴史を物語る一族に脈々と受け継がれてきた一部……と思いきや。なんと女将、元々は観光関係にお勤めで縁あって女将になったという、言えば“外の人”だった人。なんか黒川温泉すごい。ただの高級温泉地じゃないぞ!
外の人といえば「第二村民」というこれまたユニークな企画も。これは黒川温泉を“ふたつめのふるさと”として「一緒に地域づくりをしませんか?」というプロジェクト。村民登録した人には村民証が発行され参加ごとにポイントが貯まったり温泉内での特典もあったりするみたい。まさに住んでいなくても地元民! こうやって新しいことや人を迎え入れられるのは入湯手形の逸話しかり、元々が皆で助け合って育ててきた黒川温泉だからこそ。素敵だなぁ。
黒川温泉は歩いて回れる範囲に整った里山の温泉郷。徒歩での散策こそ似合う場所、ということでレンタル浴衣に着替えてお散歩してみることにしました。バイクウエアからノリのきいた木綿の浴衣に袖に通し直した時の開放感ったら、ああ軽い気持ちが良い! その場所に合う衣装になれば、旅はますます深く楽しめるってモンです! 風向きで香ってくる硫黄の香りに、細い路地、ラムネを冷やす水がめの冷たさ……。日常から遠く離れた場所、だけどどこか懐かしい黒川温泉。私ますますファンになっちゃった!