「ヤマハのモノ造り」に貫かれる企業姿勢についてお伝えしている当連載。
今回は番外編として「コト造り」に着目。
バイクを造る・売るだけではなく、
「乗って楽しむ」という体験の提供に取り組む真摯な姿勢を
タイ・バンコクの「ヤマハ・ライダース・クラブ」主催のツーリングに探る
タイ・ヤマハモーター
ビッグバイク文化をタイに根付かせるための
“遊び”を提案!
モペットを中心とした小型バイクが、街にひしめき合っている。交差点の信号待ちは、バイク、バイク、バイク。青になると、クルマの間を縫うようにして、数え切れないほどのバイクが動き出す。
タイの道路は、まるでバイクが流れる川のようだ。そのほとんどは、生活の足としてのバイクたち。街に動きを与え、活気の一翼を担っている。
その中を駆ける、トレーサー900。MT‐09やMT‐07も一緒だ。混雑した街でも、ビッグバイクならではの迫力のある存在感が、自然と注目を集めるようだ。
隣に止まったモペットのおばさんが、しげしげとトレーサー900の足周りを眺める。若者はエンジンが気になるようだ。
日本でバイクに乗っていても、ここまではっきりとした眼差しを浴びることはない。ビッグバイクという乗り物に対する純粋な興味関心。そして素朴な憧れを感じる。
モペット乗りから、だけではない。クルマやトラック、そしてトゥクトゥクに乗っている人たちも、ビッグバイクに熱い視線を向ける。
タイの国内バイク販売台数は、約150万台。そのうち「ビッグバイク」は400㏄以上を指し、約3万台、わずか2%程度だ。
日本では251㏄以上のバイクの販売台数は約3万6000台。総販売台数約35万台のうちおよそ10%と、比率でいえばざっとタイの5倍近くにもなる。タイでのビッグバイクは、まだまだ「少数派」なのである。
それでも、堅調に伸びるタイの経済事情に後押しされ、ビッグバイクの販売台数はかなりの勢いで増えつつある。多くのメーカーがタイ市場に目を付け、タイ国内で生産することによって安価なモデルを販売。タイのビッグバイクマーケットは熱を帯びているのだ。
ヤマハは、今のところビッグバイクのタイ国内生産をしておらず、国外から輸入している。どうしても販売価格は高めになるが、その分、ほかでは決して得られないハイクオリティを提供している。
日本におけるヤマハ製品の大まかなイメージは、「ハイセンス」あるいは「個性的」「高品質」といったあたりだが、それとまったく同じイメージが、タイではさらに強化されているのだ。「トレンドの最先端を行くハイセンスさ」「ジャパンメーカーならではの信頼と品質」を武器にして、世界各国で人気を収めているYZF‐Rシリーズを共通の象徴としながら、ビッグバイク市場におけるブランドイメージを高めている。
そして実際に、日本と同等か、それ以上にタイでのヤマハのブランドバリューは高まっている。
さらにヤマハは、「よいモノを造って売る」ことだけでは満足していない。「よいコト」、つまりユーザーにビッグバイク経験を楽しんでもらうことに積極的に取り組んでいるのだ。
ユーザーミーティングやパーティーなど各種イベントの開催、レース活動のサポートなどを通して、「ヤマハ」というブランドを楽しんでもらおうとしている。
ビッグバイクユーザーによるツーリングも、その一環だ。冒頭の、「モペットの中を走るビッグバイクたち」の正体。それは、バンコクの北東に位置するビッグバイクのパイロットショップ「ヤマハ・ライダース・クラブ」主催のツーリングである。
そのもてなし度合いは、驚くほどだった。ツーリンググループ前後にはスタッフがつき、交通の様子に合わせて的確なハンドサインを出してくれる。
横から出てきそうなクルマを制止しながら会釈をして、路面の悪い箇所を指さしで後続に伝え、前方が混雑していれば手を挙げてスピードダウンを促す。
タイをバイクで走るのが初めての日本人でも、スタッフのサインに従っていれば不安なくツーリングをこなせる。ということは、もともとタイに住み交通事情に慣れているユーザーにとっては、相当にていねいなサポートということになる。
「ヤマハがいいのは『モノ』だけじゃない。『コト』もいいんだ」。ツーリング参加者にそう思わせる手厚さが、随所で感じられた。
音叉マークが入った製品は
どこでも楽しむためにある
ツーリングの目的地は、観光大国タイの中でもよく知られている、パタヤビーチだった。
道中はずっと交通量が多かった。気温は35℃前後。南国の太陽が頭上から照りつけてとにかく暑いが、休憩を頻繁に取ってくれるのがありがたい。
タイをはじめとする東南アジア諸国には「エアコンがステータス」という文化があり、どの店に入っても冷房でキンキンに冷えている。コーヒーなど飲みながら火照った身体を冷まし、ツーリング仲間とともに来た道について、そしてバイクについて語り合う時間が最高なのは、国に関係ないライダーの特権だ。
昼過ぎにバンコクを出発し、約150kmの道のりを寄り道しながら楽しみ、パタヤビーチに到着した時には日が傾き始めていた。
多くの観光客で賑わい、華やいだ空気に満ちている。白い砂浜に、青い海。あちこちの店から聞こえてくる陽気な音楽。リゾート地らしい解放感でいっぱいだここで1泊。翌日、底抜けに明るい朝日に照らされた美しい砂浜に集合すると、マリンジェットが用意されていた。
タイではマリンジェットのライディングにあたって免許がいらない。誰もが楽しめるマリンレジャーとして、観光客を中心に人気を呼んでいる。
音叉のロゴが入ったマリンジェットにまたがり、ツーリング仲間とサムアップするが、いざ走り出すとそんな余裕はない。「水の上のモトクロッサー」といった趣のマリンジェットは、実にパワフルなエンジンを搭載していて、ヘタにスロットルを開けすぎようものなら振り落とされそうになる。
だが、「水上バイク」と呼ばれるだけあり、操縦の要領をつかめばライダーにとってこれほど楽しいアクティビティもない。そもそも波が、地面とは違って常に変化するので、真剣に海を見つめる必要がある。いつ、どんな波が、どんな挙動をもたらすのか。その緊張感がたまらない。
独特なデザインの仏教寺院「サンクチュアリ・オブ・トゥルース」を海から眺め、ビーチの沖合にある島々を巡り、マリンジェットでのツーリングを存分に満喫した。
ユニークなデザインで威容を誇る寺院を、マリンジェットを走らせながら海から眺める。
ぜいたくな時間に心がゆるんでいく
陸に上がってバイクに乗り換え、高台からビーチを見渡せる素晴らしい眺望のレストランでランチを摂る。マリンジェットの興奮について、そして飽きることなくバイクについて仲間たちと語り合う。
同じアクティビティを楽しんだことでいっそう会話が弾み、バンコクへの帰途、再び共に走るツーリングは、初日以上に互いの意思が通じるようになっていた。
インターコムもなく、スタッフのサインに従いながらのツーリングの中で、確実に仲間意識が芽生えていた。
バンコクの「ヤマハ・ライダース・クラブ」に帰り着き、その名に深い意味が込められていることに気付く。ヤマハのビッグバイクが売られているのに、「ショップ」ではなく、あえて「クラブ」という名がつけられている意味を。
そこに見えるのは、バイクを愛する仲間として、この乗り物を共に楽しもうとするヤマハの姿勢だ。