ライディングを可視化し、安全向上に役立たせる
単独で自由に移動できるバイクの魅力が、今、再認識されている。コロナ禍にあって、バイク業界は新車、中古車、用品、メンテナンス、そして免許の新規取得者数など、軒並み上向きだ。
ヤマハの調べによると、三密を避ける移動手段として親や家族のバイクに対する理解度が上がり、それが購入や乗車動機につながっているようだ。
だが、手放しで喜んでもいられない。連日のようにバイク事故増加が報じられ、警鐘が鳴らされてもいる。バイクの認知度が高まり、新たに、あるいはあらためてバイクに乗る人が増えている一方で、ライダーのスキル低下が否めない。
ヤマハは2015年から「YRA(ヤマハライディングアカデミー)大人のバイクレッスン」を開催している。「免許を取得したけど公道を走るのが怖い」「久々のバイクで自分の運転に自信がない」といったビギナーやリターンライダーを対象に、公道を安全に楽しく走ることを狙いとしたハードルの低いレクチャーだ。
バイクの乗り降りから始まり、スロットル、ブレーキ、クラッチなど操作系の扱い方をていねいに説明し、発進停止の反復練習に力を注ぐという徹底ぶり。
まさに今、コロナ禍の「迷えるライダーたち」のサポート役として、交通安全を実現するために重要な役割を果たしている。
この「YRA大人のバイクレッスン」に、新機軸が投入された。ライディング技術を視覚化し、スキルアップを支援する「ヤマハ・ライディング・フィードバック・システム(YRFS)」だ。「YRA大人のバイクレッスン」で使用するレンタル車両にGPSデータロガーを装着し、レッスン開始直後と、レッスン修了時の2回、参加者の走行データを集積。後日、分析結果をまとめたフィードバックシートを送付する、というシステムだ。
言ってみれば、レッスンの通知表が送られてくるようなもの。レッスンを通してどれぐらい自分が成長できたかを、視覚的に理解できる。
ただし、学校の通知表とはまったく異なり、出来不出来を評点で表すものではない。示されるのは、より安全なライディングを実現するための注意事項だ。
スクールやレッスンは、とかく「さらに上達するため」「さらに速く走るため」というステップアップ志向がつきまとう。だがYRFSの狙いは別のところにある。
YRFSのフィードバックシートは、あくまでも自分の今のライディングを冷静に客観視するためのものなのだ。公道を安全に走るにあたって、今の自分の注意点がどこにあるのかを知っておくことは、大いに役立つ。
「YRA大人のバイクレッスン」のレッスン中、インストラクターからはていねいなアドバイスがもらえる。それがどれぐらい自分の身に付いたか、あるいはどこがまだ課題として残っているかを知っておけば、本番である公道走行にあたってメリットとなるだろう。「ステップアップを促すものではない」ということ。これはY R FSを理解するうえで、大きなキモとなる。
「YRA大人のバイクレッスン」は、そもそもの成り立ちがライディングに自信がないライダーを対象としている。サーキットでラップタイムをコンマ1秒刻んだり、ライテク向上を図るものではない。
YRFSは、レッスンの前後での自分の習熟度合いを示す指標として機能させることが狙いなのだ。あくまでも主体はレッスン内容そのもの。公道を安全に走ることがメインテーマだ。YRFSフィードバックシート上の「ポイント稼ぎ」が目的になるようでは、本末転倒である。だから現時点では、インストラクターからのていねいなコメントを含め、後日発送というかたちを採っている。
参加者のマインドとしては、レッスン中にその場でYRFSフィードバックシートを見ながら修正していきたい、と思うかもしれない。だがそれは、一定以上のレベルに到達している人の話だ。バイクに乗ることでいっぱいいっぱいになっているライダーに、その場であれこれ言うことはかえって混乱を来す可能性がある。
しかも、スタート以来6年を経て磨き上げられたレッスンのカリキュラムに、時間的、あるいは人的リソース的な変更を強いることにもなる。ヤマハはそれをよしとはしない。
「YRA大人のバイクレッスン」ありき。YRFSはその通知表であって、完成度の高いレッスン内容そのものを左右するものではない、という考え方だ。レッスン内容と、ひとりひとりに寄り添う姿勢を守るという点では、首尾一貫、非常に徹底している。
YRFSのシステム構築にあたっても、この姿勢は貫かれた。現在のGPSデータロガーは高性能化しており、さまざまなデータを収集することが可能だ。レースなどではそれらのデータのほとんどすべてを駆使しながら、ラップタイムを削るために活用する。
だがYRFSは、安全なライディングのために役立たせるものだ。どのようなコース設定をして、GPSデータロガーは高性能化データロガーからデータを抽出し、どのように可視化すればより分かりやすいか。その検討と実現には長い時間を費やした。
結果として、コースは楕円またはひょうたん型で、提示されるデータも加減速Gと横Gを簡略化したものに絞られている。また、画像からコーナリング姿勢を検出する仕組みも導入されているが、バンク角の深さを判断するようなスポーティなものではなく、ライダーが正しい位置で正しい乗車姿勢となっているかを客観的に示している。
シンプルといえば、シンプル。だが、このシンプルさにこそ、「Y RA大人のバイクレッスン」に懸けるヤマハの思いが込められている。
加速Gは、交通の流れにスムーズに乗れるだけのスロットルワークができているかを示す。スロットルを開けることにためらいがあると、流れに乗れずかえって怖い思いをするのだ。減速Gは、狙い通りにしっかりとブレーキングができているかが分かる。減速は安全なライディングの入口だ。
横Gで分かるのは、スムーズにコーナリングできているかどうか。速く曲がることが目的ではなく、安定して一定速で旋回できることが狙いだ。そしてコーナリング姿勢の画像からは、目線の送り方や上体に力が入りすぎていないかなどが分かる。すべて、実際に公道を走る時に確実に身に付けておくべき基本中の基本なのだ。
YRFSというシステムのポテンシャルには、大きな可能性がある。GPSデータロガーから集積されるデータと、ヤマハの車両メーカーとしての知見を組み合わせれば、よりハイレベルな使い方はいくらでもできるだろう。
だが、あえてそうせず、公道を安全に楽しく走るという「YRA大人のバイクレッスン」を守り抜く。「少しでも事故を減らして、ライダーにく楽しくバイクに乗り続けてもらいたい」というヤマハの思いが伝わってくる。
教習所でバイクの乗り方を教わっても、いざ公道という実践の場に出るのは不安――そんなライダーを優しくサポートするのが、YRA大人のバイクレッスンの役割。「このバイクレッスンは、より多くのライダーに受講して頂きたいという理由で、リピーターが極めて少ない」というスタッフの言葉が象徴的だ。レッスンの後に送付されるYRFSフィードバックシートは、通知表であり、卒業証書でもあるのだ。