1. HOME
  2. COLUMN
  3. 【バイク日和】里中はるか(はるか180cm)|旅と創作に生きる女性ライダーのリアルストーリー

【バイク日和】里中はるか(はるか180cm)|旅と創作に生きる女性ライダーのリアルストーリー

社会に適応することに疲れたとき、あなたはどこへ向かいますか? バイク旅と漫画という表現手段で、心の殻を脱ぎ“本当の自分”を取り戻す――はるかさんの旅には、そんな強いメッセージが込められています。『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』の舞台裏を辿ります。

ありのままの自分で生き好奇心を満たすための旅

「普段は他人の目や評価を気にするタイプで、つい自分と比べてしまいます。人は好きなんですが、対人関係は常にプレッシャーで、人が怖くもあります。でも海外を旅していると、社会に対する殻を外して剥き身の自分でいられるんです」

生活の糧を狩猟採集から農耕牧畜に変えて以降、人間という生き物は自然よりも文明や社会という自らが作り上げた環境に依存し、その中で生きる動物になった。小難しい言葉を使うと、これを自己家畜化というそうだ。そして人間は自宅を出て社会に入るとき、誰もが衣服を身につける。同じように、心にも殻や鎧のように硬い衣服をまとい、やわらかな心を守りながら社会の家畜となる。

およそ1万年前に農耕生活をはじめて以来、人間が背負い続けてきた悲しき宿命は、科学の発達で社会が複雑化する中で、さらに厳しく過酷な現実をもたらすようになった。

「旅に出る動機は、現実逃避の部分もあるんですけど、考え方や生き方が自分とは違う人との出会いも旅ならではの喜びですし、街よりも自然のほうが好きだからです。いろいろなことがあって落ち込んで、自信を失くして諦めている時にラダックへ行ったのですが、殻を脱げたことで元気になって帰国できました」

ラダックをバイクで旅した紀行漫画とツーリングガイドをまとめたはるかさんのデビュー作『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』には、彼女のそんな心の有り様も克明に描かれている。

「描きたいテーマを最後までやりきれました。今はちょっと燃え尽きた感がありますけど、トルコツーリングやイランのこと、新型コロナ禍の時に巡った国内のことも漫画で描いてみたいと思っています」

出版後は『ヒマバイ展』と称した個展をライダーズカフェなどで開き、読者と積極的に交流している。漫画は表現としての手段にとどまらず、重すぎる殻に疲弊した人々との絆を深めるツールにもなっている。

「体験を読者の皆さんと共有し、一緒に疑似体験して、コミュニケーションできたことが嬉しかったです」

念願の漫画家デビューを果たしたはるかさんだが、今のところは会社員と並行して活動していくという。

「漫画を描くために旅をすることはやりたくないんです。自分の気持ちが乗ることを、そのままかたちにできれば嬉しい」

プロとして創作を続けていけば、儲けるための作品を描くことを強いられ、手段と目的が逆転してしまう。そうなると作家は、己の足を食べて飢えをしのぐ蛸のように、命を削って作品を生み続けることになる。

そうならないために、はるかさんは旅人であり続けたいと考えている。

「モンゴルやキルギスを走ってみたいですし、東南アジアや中南米も今度はバイクで周りたいです」

長引く不況と円安により、海外旅行のハードルは高い。しかしグローバル化と民族多様性が高まる今だからこそ、異なる文化や価値観、海外諸国の目覚ましい経済発展を目の当たりにする体験は、ますます重要で大切になっている。

はるかさんの旅は、この島国を支える大きな原動力となるはずだ。

里中はるか(はるか180cm)さん
1988年生まれ。神奈川県出身。都内で会社員として働きながら海外旅行を重ね、中南米やアジア、ヨーロッパを巡ってきたツーリスト。もともとはバックパッカーだったが、近年はレンタルバイクを利用。ハンドルネームの180㎝は身長に由来する

’24年9月にデビュー作『女ひとり、インドのヒマラヤでバイクに乗る。』(KADOKAWA 刊1760円)を発表。インド・ラダック地方をツーリングした模様を描いた漫画で、ツーリングガイドも掲載。興味のある旅人必見の一冊だ

世界各地を旅して見えてきた価値観と時間の流れ方の違い

単行本の出版前に再訪したラダックでのひとコマ
南米ボリビアの広大な塩湖、ウユニ湖にて。雨水が薄く張った貴重な状態に恵まれた
ペルーの古代都市、マチュピチュはスペイン人に侵略されたインカ帝国の弱体化によって滅びた
’23年にトルコを訪れ、古代文明と異文化が入り混じった歴史と温かい人々に魅せられた 
’19年に訪れたニュージーランド。美しい自然の中キャンプも
ラダック地方は標高3500mゆえ高山病と未舗装路のリスクがつきまとう冒険ルートだ

関連記事