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【読書から考えるバイクライフ】熊谷達也「漂泊の牙」を読んで──宮城・花山を舞台に自然と生きる力を考える

直木賞作家・熊谷達也が描くサスペンス小説『漂泊の牙』は、絶滅したはずのオオカミによる事件を追う人々の物語。宮城県花山地区を舞台に、野生の力と人間の生きる力を問いかけます。バイクに乗ることもまた、自然を感じ、考え、工夫する力を鍛えること。読書を通して旅への思いを馳せながら、東北ツーリングへと夢を広げます。

※BikeJIN vol.265 2025年3月号参照

物語の舞台・宮城県花山地区|バイクで訪れる魅力

バイク乗りの直木賞作家、熊谷達也さんの小説からひとつ紹介させてください。

動物行動学の非常勤講師であり、オオカミ研究で海外から評価を得ている「城島」が、フィールドワークでイタリアの山地にいたクリスマスの夜、宮城県の山奥にある自宅で彼の妻が野獣に食い殺されるという凄惨な事件が起きた。地元では絶滅したはずのオオカミの仕業ではないかという噂が広がった。一年前にキー局から地方テレビ局へ出向を言い渡された「恭子」は、これを追っていけば出世返り咲きのドキュメンタリー番組になる、と息巻いて事件に注目する。一方、事件を解決させたい県警の刑事「堀越」も、周りに巻き込まれるような形で動き始める。その後一人、また一人と野獣の犠牲となって食い殺される事件が続いた。「城島」は真実を求めて、内なる野生をさらに敏感に剥き出して雪山に分け入っていく。

純粋な気持ちだけで前へ進む「城島」と、彼に惹かれていく「恭子」、そして彼の行動に感化された「堀越」の三人は、真実を明らかにするため次第に協力し合っていく。

スリルありアクションあり、サスペンスに恋愛に……、壮大なスケールの物語に入り込んで夢中になって読みました。そんな本作は、大切なことはなにかを考えるきっかけも与えてくれました。

ニホンオオカミは明治期に絶滅したと言われています。ほかの生き物も絶滅したり、また絶滅危惧種として保護されたりしていますよね。人間社会の近代化の影響があるのでしょう。人間がより便利なものを、より効率的により合理的に求めた結果です。

主人公の城島は、その昔国内に居たと言われている漂泊の民「サンカ」の子孫とされています。サンカとは家も戸籍もなく、狩猟や修繕などでその日暮らしをしながら漂泊していた人たちのことを言います。人間なのにまるで野生動物のような生き方をしていたようです。

だからなのか城島には野生の能力が備わっています。地形を見て、風を読み、雪質を感じ、天候を判断し、自らの肉体を駆使して目的を果たします。そのための生き延びる力、生き残る力が、彼にはあります。

人間が便利さを貪欲に求めた結果、確かに便利な世の中になりました。昔は難しかった作業も簡単にできるようになり、苦労したことも苦労を伴わなくなりました。一方で、本来人間にあったはずの動物的な能力・野生的な能力が失われつつある気がします。それは自分で考えて判断して行動する力、生きる力です。

オートバイは自然を感じられる乗り物です。雨風にさらされて辛い思いをすることもありますが、目の前に広がる牧草地の雄大さや、海に沈む夕日の美しさに感動することもあります。風向きや、匂いの変化で、天気が崩れることを敏感に感じ取ります。紅葉の進み具合を自らの目で、肌で感じます。人よりも自然を身近に感じ、自然を知り、自然を大切にしようという気持ちがあります。

何年か前のある夕暮れ時、私はツーリングの帰路についていました。寒さが増して耐えられなくなり、通り沿いに見つけたスーパーで新聞紙をもらってジャケットの内に巻いて帰って来たことがあります。転倒してレバーが折れてしまったときや、ガス欠で立ち往生したときもそう、クラッチワイヤーが切れたときだって、私たちはどうしたら良いか考えて、工夫して、どうにか無事に帰ってきましたよね。

大袈裟かもしれませんが、私たちはバイクに乗ることで、少しだけ生きる力を身につけられている気がします。

物語の舞台は宮城県花山地区。「道の駅 路田里はなやま」で開催されるバイクミーティングイベントに、過去何度か出店したことがあります。あの場所は確かに、宮城県、岩手県、秋田県の県境だと地元ライダーに聞いたことを思い出しました。ああ東北、秋田県や岩手県も、いつかバイクで行ってみたいなあ。

本を読んで、バイクとその舞台に思いを馳せる。

さあ、書を捨てず旅に出よう!

漂泊の牙
熊谷達也著( 集英社文庫刊)

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