90歳現役ライダーの挑戦 伊藤さんとバイク人生の軌跡
静爺こと伊藤静雄さんの前では、ベテランモーターサイクルジャーナリスト山田純さんも後輩。2024年7月に90歳の扉を開けた静爺の好奇心は留まるところを知らずチャレンジは続いている。トライアルへの復帰、SSTR完走などその活力の源と人生100年の向けた抱負をお聞かせいただこう
恋人にそそのかされて
戦後の混乱の中、伊藤さんは春日井市にあった製紙工場に就職しました。「二十歳くらいだったんだけど、運良くね。でも、僕の専攻は化学だったんだけど、まあいいかって」と笑います。当時、紙の需要は急増しており、給料も一般のサラリーマンよりかなり良かったそうです。「サラリーマンの月給が5000円の時に1万3000円くらい貰っていたからね」と語ります。
そんなある日、彼女だった女性から「兄がバイクを持ってるんだけど、いらないから誰か乗るかなって、だからあなた免許取ってきなよ。あなたの後ろに乗ってバイクで走りたい」と言われたことがきっかけで免許を取りました。その彼女は後に伊藤さんの最初の奥様となります。
製紙会社は給料が良かったものの、賃上げのストライキが頻繁にありました。そのため、伊藤さんは暇を持て余し、バイクに乗るようになりました。給料の良さから何台もバイクを買い替え、乗り回していたと言いますが、ついには奥様が切れて離婚。しかしそれでもバイクへの情熱は冷めることがなく、次第に仲間たちと河原でバイクを走らせる日々を送るようになります。
その頃、日本各地にバイクメーカーが乱立し、性能を競うことで技術力が磨かれていきました。その流れの中で、群馬県北軽井沢にあった「浅間火山レースコース」でメーカーが競技会を開催するようになりました。伊藤さんたちは、それを真似て河原でD T‐1などのバイクで走り回っていました。
伊藤さんたちのクラブ名「TRCN(トレールライダースクラブ名古屋)」は、その頃の活動が由来です。その後、日本にトライアル競技を広めたトシ西山氏からルールや採点方法、テクニックを学び、トライアルの世界に本格的にのめり込んでいきました。
さらに、伊藤さんは一般道を楽しむバイクとしてBMWを何台も乗り継ぎます。「五十歳くらいになった時に、友達から『もうBMWに乗っていい歳だから』って言われたんだよね」と振り返ります。その後も各地のイベントやツーリングを楽しみ、トライアルを続けています。
90歳を迎えようとしている現在でも、伊藤さんはトライアルに情熱を注いでいます。最近では著名なトライアルライダー・近藤博志氏が経営するエトスデザインから最新のトライアルマシン「TWJ150A(150㏄)」を購入し、意欲的に活動しています。
以前お会いした際には、一緒にショートツーリングをしましたが、その際、伊藤さんの低速での安定したコーナリングに驚かされました。「こんな歳を感じさせないライダーがいるんだ」と、75歳になる私にとっても素晴らしい目標になりました。
なお、伊藤さんは最近、「BMW F700GSはさすがに重くなってきたから売却して、スクーターとヤマハ・ブロンコ、そしてトライアルマシンだけにする」と宣言していましたが、果たしてどうなるのでしょうか?