【読書から考えるバイクライフ】「推し、燃ゆ」から考えるバイクライフの魅力
他人に理解されない趣味や生き甲斐を持つこと
それでもそれに没頭することの意味とは?
バイク乗りが感じる「自分だけの大切なもの」と
宇佐見りんの小説『推し、燃ゆ』の世界が重なる瞬間を紐解きます
生きる支えとなる「何か」を見つめ直し
新たな旅へと踏み出してみませんか?
今月の一冊「推し、燃ゆ」
オートバイ専門の古本屋として各地のバイクイベントに出店しています。それだからか、お客様から読み終わった本をいただくことがあります。バイクとは無関係の本です。
今回紹介する宇佐見りん作の「推し、燃ゆ」もお客様からいただいた本です。こんな風に手に入れなければ読まなかった本でした。読んでみると今までに無い発見と新鮮な感動がありました。
【推し、燃ゆ 宇佐見りん】
主人公の女子高生〈あかり〉はアイドルグループ〈まざま座〉の〈上野真幸〉の大ファンだ。あかりの“推し”である真幸が「ファンを殴った」と一晩で急速に炎上した。真幸は、今のあかりにとって生き甲斐だった。音楽やスポーツなどの趣味に打ち込む人たちがいるように、あかりは推しを推すことが唯一の楽しみであり、生き甲斐であり、生活の中心だった。
真幸を理解しようと、テレビやラジオでの彼の発言や行動を取りこぼすことなく見聞きしてきた。理解したことを自分に置き換えて行動したり、それを元に自分の解釈をブログで公開したりした。それを楽しみにするファンも現れていた。真幸を推すために他の余分なものを削ぎ落としていくのだが、やがて、あかり自身の生活が行き詰まっていく。
あかりは、推しを推すことに全身全霊をそそぎ、真剣に取り組んでいます。でも、推しを推すことだけで生活はできません。彼女の行動は、親や姉や周りからもまったく理解されません。「働かないと生活はできないんだよ」と。
真幸がアイドルでなくなったら、あかりはどうなるのでしょう。結婚して芸能界からいなくなったら、あかりはどうなってしまうのでしょう。生き甲斐である“推し”がいなくなったら、彼女は生きる意味を見失ってしまうかもしれません。推し活で繋がっていた友達や自分のブログを楽しみにしていたファンたち。発売するたびに購入していたグッズやCD。それらも散り散りバラバラになり、買いたいモノもなくなってしまうでしょう。
そして、それでも生きていかなければならないという現実があります。これほど大げさではありませんが、バイク乗りの皆さんも他人に理解されないと感じることがありませんか?「もう乗ってないから、いらないでしょう」「何台も持つ必要なんてないでしょう」周りの人たちは簡単に言います。
誰にも理解されない、だけど自分にとって大切な“何か”がバイクにはあります。周りの人たちにはうまく説明できないけど、心のよりどころというか、自分が自分らしくあるためのモノというか、これがあるから頑張れるというか、バイク乗りにとってバイクというのは、単なる乗り物以上の“何か”があります。
想像してみてください。もし愛車のバイクが消えて無くなってしまったら。もしバイクに一生乗れなくなったら。そのとき感じる気持ちは、たぶん〈あかり〉と同じです。それでも、生きていかなければならないのです。
他人の生き方や趣味、行動や言動について理解できないと思うことがあるかもしれません。だけどそんなときは、一呼吸おいて考えてみてください。もしかして自分も同じではないか、と。
推し活も、バイクも、自分を違う世界へ誘(いざな)います。家族や学校や会社とは違う人たちと出会い、違う風景に出会うことができます。本を読む。行動する。自分の世界はぐっと広がります。
さあ、書を捨てず旅に出よう!
推し、燃ゆ
宇佐見りん( 河出書房新社刊)
P r o f i l e:武田 宗徳
オートバイ専門書店・個人出版オートバイブックス代表・執筆家。1974年生まれ 静岡県藤枝市在住。20年以上前からバイク小説を執筆、関連するさまざまなメディアで掲載・発表してきた。著書に Rider’s Story シリーズ(5冊)がある