なるほど!世界のバイク人「日本とこんなにも違う! ライダーに安全を教えるイギリスの取り組みとは」
運転免許は国家資格なのに取得はスタートに過ぎない
路上教習や危険回避はプログラムにないので当然か
日本のスクールも路上運転を取り入れ始めたようだが
イギリスには古くから上級ライダー養成講座がある
BikeJIN2024年8月号 Vol.258掲載
運転免許は国家資格なのに取得しても初心者という不思議
先月、Thinking Timeで、バイクの死亡事故の増加と、その対策や課題が取り上げられていたが、その中の「初心者向けのライディングスクールが好評」というくだりに違和感を覚えた。
初心者向けのトレーニングが必要というのは、別な言葉で言えば、バイクの運転免許を取るのにほとんどの人が通う教習所での教育が不十分ということだ。普通なら免許の交付は、もう一人前なので公道で運転してもよいと認めるという意味である。江戸時代の剣術道場では免許取りは剣士の証であり、現代の調理師免許は仕事として調理したものを第三者に提供できる国家資格だ。彼らはもはや初心者や見習いではない。
それなのに、バイクの免許を取った人に初心者向けの教育が必要とはどうしたことだろう。その理由のひとつは、日本のバイク免許の運転教習は、クルマと違って現実の路上での練習を行わないからだ。つまり、現実の世界で起きるかもしれないことに対処するトレーニングを受けていないので、実際の危険が何か、あるいは本当の安全は何かを学んでいないのだ。だから公道を走ることに不安があり、そこでもう一度初心者の練習をすればいいのではないかと錯覚することになる。初心者の練習をいくら重ねても、バイクに乗るのが本当の意味で上手にはならないにもかかわらずだ。
バイクライディングの安全とは何だろう。それは、「バイクは危険である」ことの認識だ。正確に言えば「混合交通におけるバイクライディングは危険である」ということだ。その証拠に、バイクしか走っていないサーキットでの事故率や死傷率は、一般道路とは比べ物にならないくらい低い。危険はバイクの安全を考える上での大前提であり、正面から向き合わなければならない問題だ。それを、そんなことを声高に言うとバイクに乗る人が減るからと、そうではないようなふりをしたり、直視を避けたりするのはばかげている。
日本ではパンデミック以後にバイクライダーの事故死が増えているそうだが、イギリスでは逆に減っている。政府の統計によると、2022年から23年の1年間のクルマ、歩行者、バイクライダー、サイクリストの事故死がすべて前年よりも減少したが、その中でもモーターサイクリストはマイナス12%という最大の減少率だったそうだ。350人から306人へというのが具体的な数字である。
イギリス政府は、混合交通でのバイクライディングの安全を高めようと、ドライバーとライダーの両方に対して1970年代から啓発活動を行ってきた。現在でも続いている「THINK BIKE!」キャンペーンがそれで、制作された数多くのショッキングな動画は、他国でもコピー版が作られている。 同時に政府は、バイクライダーの運転を上達させるために「アドバンスト・ライディング・トレーニング」というスキームを実施している(クルマのドライバー用にも同様のものがある)。アドバンスト(上級の)というと、なんとなく怖気づく人がいるかもしれないが、それはアドバンスト・ライディングという言葉がやや威圧的で、上手なライダーしか習得できないように聞こえるからだ。その一方で、自分はすでにアドバンスト・ライダーだと信じ込んで、新たに教わるものなどないと思っている人もいる。
だが、実際にはそのどちらでもない。アドバンスト・ライディングは、コーナリングスピードを速くしたり、超人的な追い越しテクニックやタイヤを限界まで攻めたりする技術を学ぶものではないのだ。目的は、路上での危険を察知して、それが手に負えない状況になる前に反応することができるように、ライダーの自信と技術を向上させて、安全を高めることにある。
イギリスでは3つの団体が公式のアドバンスト・トレーニングを管轄している。政府機関が運営するものがひとつ、民間組織がふたつだ。トレーニングのコースは全国各地で行われており、1日から数カ月にわたるものまでさまざまなプログラムがあるが、トレーニングの基本要素は同じで、最後に行われるテストにパスすると政府が認定するアドバンスト・ライダーの証明書が発行される。そしてこの証明書を持っていると、自動車保険料が安くなる場合がある。
トレーニングのインストラクターは経験を積んだ地元のアドバンスト・ライダーで、基本的にはボランティアベースで働いている。私が住んでいる地域で何人のインストラクターがいるのか調べたところ、政府機関のコースに登録しているだけで12人が、半径40マイル以内で見つかった。トレーニングはもちろん公道で、基本的にマンツーマンで行われるが、いわゆる座学もあり、私が偶然覗いたコースでは性別に関係なくあらゆる年齢層のライダーが20人ほど、リラックスしながらレクチャーを聞いていた。
政府が公認するこれらのトレーニング以外にも、メーカーがカスタマーケアの一環として行っているものがある。また、トレーニングにもいろいろあり、「アドバンスト」の名を借りてストッピーやウイリーが上手になるコースなどというものまである。
一般道路の制限速度が日本よりもはるかに高く、バイクだと普通の道でも100㎞/hで走るのが日常のイギリスやヨーロッパでは、こういうトレーニングを受けて自分の技術と判断力と安全を高めて、バイクが上手になろうとすることにためらいはない。教習所で習ったはずの基本的な操作の練習を繰り返すのを悪いとは言わないが、本当に必要なのは現実的で実戦的な訓練であるはずだ。