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なるほど!世界のバイク人「二輪車排出規制次のステージへ」

25年前にユーロ1から始まった排出規制
二輪車は21年からユーロ5が実施されてきたが
24年1月の新基準ユーロ5+移行に伴い
生産をあきらめなければならない車種もある

厳しさを増す排出規制環境性能が最優先の時代

モーターサイクルの排出に関するヨーロッパの規制が、今年からユーロ5+(プラス)という新しいステージに入った。そのせいで、生産を諦めなければならないモデルも出ている。

自動車の排出規制は、EUとEEA(欧州経済領域)で採用されているヨーロピアン・エミッション・スタンダード(欧州排出基準)が、世界各国の規制の基準点になっている。30年以上前にユーロ1から始まったクルマ(トラックを含む)の排出基準は、現在、ユーロ6まで進んだが、モーターサイクルでは25年前にユーロ1が始まり、2021年からはユーロ5が実施されている。

このコラムではこれまで何回かユーロ排出基準について解説をしたが、もう一度簡単に書いておこう。ECの提案に起源をもつこの排出基準は、エンジンで動くすべての乗り物の汚染排出量をコントロールして、段階的にそれを減らすことが目的だ。しかし、CO2は大気中に自然に存在しているのでコントロールの対象ではなく、基準となる汚染排出物質はHC(炭化水素)、NOx(窒素酸化物)、CO(一酸化炭素)、PM(微粒子状汚染物質)である。

クルマは1992年、バイクは1999年に導入されたこの排出基準は、路上を走る乗り物による環境汚染を削減に向かわせただけでなく、新しいテクノロジーの開発を加速させて機械的な効率を高め、消費を少なくもした。しかし、これらの規制は一部のバイクに大きな制約を課して、とりわけユーロ4から5への移行時に、新しい規制を満たすには開発のためのコストがかかりすぎるエンジンを持ったホンダCB1100のような犠牲者を生み出した。

ユーロ5+の実施も、ヤマハR1のストリート仕様に終止符が打たれる事態を招いている。しかし、排出基準そのものはユーロ4から5へ移行したときほどタフではなく、汚染物質の基準はユーロ5と同等なので、燃焼システムに行われた作業のほとんどは改めて刷新する必要がない。そのかわりユーロ5+は、キャタライザー(触媒還元装置)の耐久性のテスト、ОBDⅡやミスファイヤチェックなどのオンサイトシステム、ラムダセンサーの劣化感知システムなど、多くのものに進化を要求している。

ヤマハはスーパーバイクのR1とR1Mにユーロ5+の適合に向けたアップデートを行わず、ヨーロッパではサーキット専用仕様を2025年に発売して、WSBとEWCのタイトルを獲得したバイクの開発を行うと2月に発表した。1998年に登場したR1のストリート仕様はこれで終わりを迎えるが、モデルそのものは完全に消滅するわけではない

この新たに加えられた「+」は何を意味するのだろう。それは、これらの排出基準が長期にわたって満たされるのを確実にすることだ。たとえば触媒の耐久テストもそのひとつで、ユーロ5では数学的な計算でよかったのが、5+では走行距離によってコンポーネントの劣化テストが行われるように変更された。

車上診断システムのOBDⅡもレベルが上がってステージBになった。ECUは今までのようにセンサーの正しい接続や集めたデータの一貫性をチェックするだけではなく、触媒やラムダセンサーなどをモニターして、バイクが実際に使われている時間の少なくとも10%ごと(あるいは35㎞ごと)に、それらの検証を行うことが要求されている。これらの検証で異常が認められたり、例えばオーバーヒートなどでエンジンをフルパワーで使えなくなったりしたら、ECUの診断モニターがダッシュの表示でそれをライダーに知らせる。

これ以上のことは話が複雑になってくるが、ひとことで言えばこれが今年の1月から新規の型式認定に要求される「+」の内容だ。つまり、十分に厳しいユーロ5の排出基準の達成が、バイクのライフサイクルを通じて維持されることを目的としている。汚染物質の除去の要である触媒が、10万キロを走った後でも所期の性能を保っているかどうかを確かめるために、より頻繁なチェックや、触媒の働きと耐久性に大きな悪影響を及ぼすミスファイヤの検証を要求しているのだ。

だが、汚染物質の排出が限界を超えないことを保証するには、技術的な挑戦が伴う。ひとつの例をあげるなら、最近はエグゾーストシステムの中で触媒が置かれている位置が、エンジンにどんどん近づいている。これは型式認定を取得する際のコールドスタート後の測定で、一定の温度に達しないと働かない触媒を、少しでも早く300度の適正温度に上げるためだ。そのためには、設計、デザイン、エンジニアリングをシステム全体として扱うことが必要になる。そしてモーターサイクルはパッケージングがなによりも重要だから、これは車体のデザインやスタイリングにも影響を及ぼすことになる。もちろん、価格にもだ。

今年は新規に型式認定を取得するモデルにだけ適用されるユーロ5+は、来年からすべての新車が対象になる。そして次の疑問は、この後、さらに基準を厳しくしたユーロ6があるのかどうかだ。

バイクのユーロ6の実施に関しては、まだ何も表立った議論は行われていない。一方、2035年を前にした最後の排出基準といわれるクルマのユーロ7は、いくつかのEU加盟国が示す難色に直面して、その基準が当初の計画よりもソフトになるといわれている。個人的には、少なくとも当面の間はバイクのユーロ6が議題になるとは思えないが、水素やEフュエルなどのいわゆる持続可能燃料によって、内燃機関の未来が閉ざされないことがますます明白になると、いままでの排出基準とは異なる何かがEU官僚によってひねり出されるかもしれないという気はしている。

中村恭一
引退した元バイクジャーナリスト&フォトグラファー。天気の良い日はイギリスの田舎道をクラシックバイクで飛ばしている

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