道なき道を駆けるプロフェッショナル 陸上自衛隊・偵察用オートバイの実力
日本の安全を守るため、あらゆるプロフェッショナルが集まる自衛隊。そんな自衛隊の中に所属するバイクに関するプロフェッショナルが、今回紹介する陸上自衛隊・第3偵察戦闘大隊の偵察用オートバイだ。任務遂行のため、高度なライディングテクニックで道なき道を走り、時には災害時などで人命救助にも大きく貢献するバイク乗りのプロ。その訓練内容などを現役の偵察用オートバイ隊員に話を聞いてみた。
第3偵察戦闘大隊のマーク。“3RCBn”は、「3rd Recon naissance Combat Batta lion」の略。その他、虎の首元の模様が琵琶湖の形になっている
陸上自衛隊の“忍者”バイク!
バイクのプロと聞くと、レーサーや白バイ隊員などを思い浮かべる人が多いと思います。バイクに乗ることを仕事とし、一般のライダーとは比べ物にならないほどの高いライディングテクニックを持つ彼らは、まさにプロフェッショナルなライダーです。そんなバイクのプロが自衛隊にもいることをご存知でしょうか。
吉次友貴2等陸曹。滋賀県の陸上自衛隊今津駐屯地に駐屯する第3偵察戦闘大隊で、偵察用オートバイを駆る隊員です。この第3偵察戦闘大隊は、近畿2府4県の防衛警備を担当する第3師団唯一の情報収集部隊で、バイクをはじめ装甲車両など様々な車両を駆使して偵察・戦闘の任務を遂行します。有事の際はもちろん、地震などの災害時にも活躍している部隊です。
「(偵察用オートバイの)イメージとしては、通常はクルマ(87式偵察警戒車など)とほぼ行動を共にするのですが、これ以上はクルマでは通れない所とかをバイクで行く感じです。災害派遣でしたら、熊本地震とかの時に四輪のクルマでは通れない孤立地域とかをバイクで偵察、(現地の)情報収集をした実績などがあります」と吉次さんは語ります。
その吉次さんがバイクに興味を持ったのは、じつは自衛隊員になってからだそうです。自衛官候補生として採用された吉次さんは、約3カ月の候補生教育を経て入隊。その後の新隊員教育中に偵察用オートバイに出会ったと言います。
「新隊員教育中に、職種の希望調査があったんです。その時、機甲科の紹介があった際に、砂塵を巻き上げて走行したりするオートバイ乗員の訓練風景がありました。それが非常にかっこよく見えたことがきっかけでバイクに興味を持ちました」とのこと。
その時に見たバイクこそが、偵察用オートバイです。広報担当者曰く、部隊への適性や人数制限などの関係で、必ずではないものの基本的には本人の希望が優先されるそうです。吉次さんも教育部隊などを経て、希望した第3偵察戦闘大隊に配置されました。
当然ながら自衛隊員と言えども、バイクに乗るには自動二輪免許が必要です。それまで興味どころかバイクの免許も無かった吉次さんは、バイクの免許取得からスタートすることに。現在は部外で練習をしますが、当時は隊の上司などの指導の下で乗り方を学び、免許取得の練習をしたそうです。そして意外にも、試験そのものは一般のライダーと同じで自動車試験所で受けたと言います。
「最初、バイクってクルマみたいに『アクセルを踏んだら進む』ような乗り物ってイメージでした。でも実際に乗ってみると、自分の手足のように動かさないと言うことを聞かない。乗り物というより、スポーツに近い感じですね。それに自分が怖がったり不安に思った時は、バイクにもその行動がすぐ現れる気がします」と、吉次さんは当時を振り返ります。
自衛隊への入隊のもう一つの理由が「仲間と一つの目標に向かって努力したい」と言う吉次友貴2等陸曹。オートバイドリルのチームで訓練を積み重ねて駐屯地の記念行事で、訓練の成果を披露。これまで経験したことのない達成感を感じた瞬間、心から自衛隊員になって良かったと思ったそうだ
陸上自衛隊 今津駐屯地の記念式典で展示されたオートバイドリルのデモ走行。複数台のバイクがまるで一つの生き物みたいに走行する様子は迫力満点。陸上自衛隊 今津駐屯地のイベント情報は、HPなどで要チェック
バイク乗りの精鋭オートバイドリルへ
こうして念願の部隊に配置された吉次さんだが、ただバイクに〝乗れる〞だけでは偵察用オートバイの任務は務まらない。任務の性質上、荒地や山の谷間などのいわゆる道なき道を走破しなければならない。乗車したままの射撃、時には行動中に敵と遭遇した時のことを想定して、わざとバイクを転倒させ車体を盾替わりにするなど、通常のライダーでは考えられないテクニックが求められる。
偵察用オートバイの任務だけでも高度なテクニックを必要とするが、そんな彼らの中から、さらなる高度なテクニックを擁する者たちのみで行われるのがオートバイドリルだ。オートバイドリルとは、陸上自衛隊の式典や記念行事などで展示されるバイクの公開演習のこと。複数台で隊列を組み、デモ走行などを披露する彼らは、陸上自衛隊のバイク乗りの精鋭ともいえる存在だ。その姿に憧れて、吉次さんも訓練に参加を希望したと言う。
オートバイドリルの訓練中は、基本この訓練に専念できるものの、1日8〜9時間もの訓練内容は想像以上にハードなものだった。バイクに乗るために普段から筋トレやマラソンなどで体力をつけてきた吉次さんでも、キツかったと言う。しかも訓練したからと言って、オートバイドリルに参加できるわけではない。訓練した者の中から、技術的に認められて初めてオートバイドリルへの参加が許される。
そして2024年9月、この陸上自衛隊 今津駐屯地で開催された『創立72周年記念行事』で、吉次さんもオートバイドリルに参加した。「とにかく緊張しましたね。選ばれたと言っても技術的には6人中6番目とギリギリ。何千人もの人が見ているわけでしょ。僕がヘマをして『ドリルを台無しにしたら』『他の隊員に迷惑をかけたら』どうしようなんてことばかり考えていましたね」と振り返る吉次さん。
現在、吉次さんには次の目標がある。それがオートバイドリルのリーダーだ。吉次さん曰く、リーダーは技術的なものだけでなく、周りを見る目が必要だとか。他の隊員の動きはもちろん、時にはその動きから隊員の体調などへの気遣いが重要だそうだ。「上司には(プライベートで)モトクロスをやったりする人もいて凄いと思います。でも僕はバイクに関しては、今は訓練だけで精一杯ですね。お腹いっぱいって感じです(笑)。当面の目標はオートバイドリルのリーダーになること。プライベートでのバイクはそれから考えます」と意外にも、プライベートではバイクに乗っていない吉次さん。
そんな吉次さんにプロフェッショナルとして、バイクを安全に乗り続けるコツを最後に聞いてみた。「自衛隊的観点から言うと、やはり防衛運転です。自分の身、相手の身を守るためには、まずは交通状況をしっかりと確認すること。僕は(運転技術の)伸び代を増やすために訓練では限界まで練習しますが、本番は余裕を持って運転しています。余裕を持った行動の方が、いい動きをするので」と。
車両は個人専用ではないものの、基本的には1人の隊員が同じ車両に乗ることが多い。基本的な整備は各隊員で行うが、修理などは修理専門の部隊が担当する。服装に関しては普通科隊員が着用する迷彩戦闘服を着用し、ヘルメットはアライのHyper-1を使用している。グローブは駐屯地内の売店で販売されているもので、イベント時など駐屯地内に入れる場合は一般の人でも購入可能だ。
モトクロスバイクとは言え、ガードなどで重量の増したバイクを自在にコントロール。訓練のピーク時には、最長で90分間バイクに乗り続けたこともあるとか
第3偵察戦闘大隊偵察用オートバイだ!
以前はホンダXLR250Rをしていたが、現在は第3偵察戦闘大隊をはじめ各エリアの偵察戦闘大隊ではカワサキKLX250が使用されている。エンジンなど基本性能はノーマル車と同じだが、無線機用キャリアや各種ガードなどの装備で、ノーマル136㎏に対して154㎏まで重量もアップ。
吉次友貴 2等陸曹
日本拳法、スポーツ&映画(とくにインド映画)鑑賞が趣味の陸上自衛隊の隊員。当時、緊迫した国際情勢に、体力に自信のあった自分が「何かの役に立ちたい」と思い21歳の時に入隊