【正直ディーラー】自動クラッチなんていらねえと思ってきたんだけどもねえ……
とある街に、主要な国内外バイクブランドの現行車をすべて正規販売可能なディーラー契約規定が厳しい現代の日本では実現不可能と思われた二輪販売店がある。「正直ディーラー」と呼ばれるこの店を支えるのは本音語男。長所だけでなく短所も隠さずユーザーに伝える、凄腕のセールス担当者である。今日もまた、愛車選びに悩むバイク乗りがショールームを訪れ、語男に助言を……
※BikeJIN vol.264 2025年2月号参照
包み隠さず本音のの営業トーク!?
正直ディーラー・セールス担当
今回のお客様
急激に盛り上がる自動クラッチ導入競争
本音:あ、ケンさんいらっしゃい。相変わらず元気ですねえ。だいぶ寒くなってきたけど、今日もどこかのツーリング帰りですか?
ケン:いやいや、それがそうでもないんだよ。元気なようで、もう枯れ始め。今日だって、本当は朝からどこかに行こうと思っていたんだけど、ガレージからバイクを引っ張り出すのも億劫になって、昼すぎにようやく重い腰を上げてみたけど、結局はその時間から行きたい場所も思いつかず、しょうがないからこの店に来たってわけよ!
本音 なんだあ、ウチは暇つぶしの場所かあ。ま、バイク屋なんて昔はどこもそんな感じでしたけどね。それにしても、ケンさんくらいパワフルな人でも、遊ぶのが億劫になるなんてことがあるんですね。
ケン: そりゃあ、あるさ。だってもう還暦オーバーよ。体力も気力も、昔のようにはいかないよ。「生涯現役ライダーだ」なんて息巻いてみても、本当のところは「あと何年乗れるか……」と思っている60代のほうが多いんじゃないんか?
本音:そんなもんですかねえ……。でもまあ、「最後はカブが救ってくれる」なんて言葉もあるわけだし、ケンさんだって今はまだリッタークラスを扱えているわけだから、カブを最終として徐々にダウンサイジングしていけば、意外と80歳を超えても乗れそうじゃないですか?
ケン:まあ確かに、そういう感覚もないわけではないけど、問題はそれをオレのプライドが許すかどうか。まあ、ヨボヨボになってからカブに乗るかはともかく、そこまでの過程で排気量を落とすにしても、今さらヨンヒャク以下ってのもなあ。
本音:そういうお客様、大勢いらっしゃいます。とくに90年代以前から乗っていらっしゃる方々は、中型二輪免許から限定解除するのに苦労した人も多いから、余計に大型免許の価値にこだわる傾向にあるような……。でもそれなら、ミドルクラス以上のまま、オートマチック変速とか自動クラッチ制御のバイクで楽するというのはどうです?
ケン:いやあ、あんなもんはダメだ、だめ! バイクなんて乗り物は、煩雑な操作があるから面白いんだよ。楽するためにオートマのバイクに乗るくらいなら、エアコンがあるクルマに乗っているほうがよっぽどマシだ!
本音:まあ、きっとそう言うと思っていましたけど……。でもね、この1年くらいで自動クラッチ制御の新技術が次々に発表されて、この分野は超熱いんです。昔からあるホンダのdct、デュアル・クラッチ・トランスミッションはさすがに知ってますよね? あれに加えて24年にはホンダがeクラッチ、ヤマハはy-amtを市販車に採用。さらに25年型ではbmwも、asaと略される自動シフトアシスタント機構をオプション設定しました。
ケン:ほお、なんか急にいろんなシステムが登場したんだな。それにしても、ホンダはすでにdctがあったのに、なんでわざわざeクラッチとやらを追加したんだい?
本音:eクラッチとdctでは、機能や役割がかなり違っています。eクラッチは、あくまでクラッチの制御のみ自動化されており、変速は常時マニュアル。極めて簡単に表現するなら、カブと同じです。マニュアル操作の変速機とクラッチ機構を採用する既存のエンジンに、大幅な仕様変更を加えることなく搭載できるところが利点。電子制御スロットルを装備していない車種にも搭載可能で、最初に導入されたcbr650rとcb650rも電スロではありません。システムの重量は約2㎏と、軽いのも魅力です。
ケン:つまり、あくまでもマニュアルトランスミッションの進化版で、上下双方向クイックシフターと発進停止の自動クラッチ機能を組み合わせたような感じか。
本音:しかもeクラッチはクラッチレバーを装備していて、レバーを握れば瞬時にマニュアルモードとなり、通常はレバー操作を終了してから約1秒、uターンなどを考慮して低速走行時は約5秒で、自動モードに復帰します。
ケン:つまり、とくに低速域ではまだ制御が粗くてuターンのときに不安が残るから、マニュアル操作を前提にしているってことかい?
本音:いえ、それは違いますね。以前に乗ったときに、意地悪していろんなスロットルワークを試してみたけど、まず発進時の半クラッチ制御は本当に絶妙で、変にエンジン回転数が上下することも、半クラッチに段階を感じることもなく、私より確実に上手でした。15年ほど前にdctがvfr1200fに初搭載されたときは、低速uターンでかなりギクシャクするか、さもなければバンバンと勢いよくスロットルを開閉するという勇気のいる技が必要でしたが、eクラッチは優秀。もちろん最初はちょっと慣れも必要なんですが、絶対にエンストしないという長所を活かし、スロットルをやや開け気味にリヤブレーキを強めに踏んで速度を調整するだけで、uターンもバッチリ決まりましたよ。
ケン:ということは、本当はクラッチは常時自動制御でもいいんだけど、オレのように「操る楽しさ」なんてことを言うヤツのために、レバーを残してくれたってことか……。
本音:あはは、そうかも! ちなみにdctにもマニュアル変速できるモードはあるけど、クラッチ操作は常にバイク任せだし、変速も自動になるモードがあるから、こっちのほうがよりオートマに近い感覚。dctはシステム搭載による車重増が10㎏ほどもあるので、これが車体の運動性能に与える影響は大きいし、組み合わせられるエンジンも限られている印象ですね。
ケン:まあ、dctを搭載した車種はスゴく多いけど、よく考えてみれば、現在組み合わされているエンジンはnc750系とcrf1100lアフリカツイン系とゴールドウイング用の3タイプくらいだっけ?
本音:さすが、よくご存知で……。っていうか、なんだかんだでオートマのバイクに意外と興味あるんじゃないですか!?
ケン:いやまあ、これはバイク乗りの一般常識としてだ。それより、ジジイを茶化してないでいいから、ついでにヤマハのy-amtとかbmwのasaについても、特徴を教えろよ!
本音:了解しました。まずy-amtは、誤解を恐れずに表現するなら、ライバルメーカーであるホンダのeクラッチとdctの特徴を併せ持つ感じかもしれません。y-amtは、dctと同じようにクラッチ制御は常時自動で、eクラッチのようにマニュアル操作はできません。dctと同じように自動変速モードもあり、左手側ハンドスイッチを使用したマニュアル変速もできます。ただし、eクラッチと同じくy-amtも、アクチュエーターやコントロールユニットの追加などが必要とはいえ、既存エンジンに大きな変更を加えることなく搭載可能。そしてシステム重量は約2.8㎏と、eクラッチと同じく2㎏台です。
ケン:つまりy-amtも、ラインナップの拡充が容易というわけか。ヤマハも、mtシリーズあたりのプラットフォーム車を使い倒すのはめちゃくちゃ得意だしな。
本音:これまたよくご存知で。実際、ヤマハはy-amtを24年に3気筒エンジンのmt-09に初採用しましたが、25年型では09をベースとするトレーサー9シリーズにも展開し、さらにmt-07の2気筒エンジンとも組み合わせました。
ケン:やっぱりヤマハも、時代はatと思っているわけか。なんだか、オレのような古臭いジジイは一気に取り残されそうだな……。で、asaはどんな感じなんだい?
本音:これも既存のボクサーツインエンジンと組み合わされており、クラッチ制御は常時自動のためレバーはなく、変速はオートとマニュアルのモードが存在。y-amtと似た設定ですが、変速はハンドスイッチではなくシフトペダルです。
ケン:水冷ボクサー系が順次1300化されたら、asaもツアラー系への展開が確実だな。こりゃ、バイクがつまらなくなるなあ……。
本音:いやいや、そうでもないですよ。本当は試乗してもらうのが一番いいんですけど、なんにせよ想像だけで決めつけちゃダメですって!
末永くバイクに乗り続けるために考えておきたい5つのこと
- ダウンサイジングやオートマを受け入れる?
- 家族の理解や反対意見の抑え込みは問題ない?
- 体力、視力、反射神経の衰えに抗う手段
- ムリがなく現実的な資金面のプランニング
- いわゆる“終のバイク”はどうする?
“生涯現役”に必要なのはやっぱりカブ!?
「最後はカブがあるしね!!」は、いつまでもバイク乗りでいたいと願う人たちの間で受け継がれてきた“希望の言葉”。昔と比べたら減ったように思うが、例えば里山のような田舎を旅していると、ホンダ・スーパーカブを当たり前のように運転する高齢者を見かけることがあり、もちろんそのジイちゃん(バアちゃん)は生活の道具としてカブを使いこなしているだけなのだが、「カブなら、80歳を超えてもツーリングできるのでは?」と思わせてくれるのだ。もちろんカブなら、クラッチこそ自動だが、ギヤチェンジだって楽しめちゃう!
自動クラッチ制御のブーム到来!?
クラッチ制御を自動化する技術は、大昔から多く開発されてきた。その代表格は、スクーターやカブ系などに広く使われる自動遠心クラッチ。また、スポーツバイクの分野でこれまでもっとも成功を収めたのは、ホンダのDCT(デュアル・クラッチ・トランスミッション)だ。そして24 年には、ホンダがCBR650R とCB650RにE-クラッチ、ヤマハがMT-09 にY-AMT をタイプ設定。25 年型ではBMW がR1300GS/アドベンチャーにASA(オートメイテッド・シフト・アシスタント)をオプション設定し、バイクの自動クラッチは新時代に突入!
ホンダのE-クラッチはマニュアル操作も可能
24年型のcbr650rとcb650rで市販車初導入となったeクラッチは、既存エンジンに大幅変更を加えることなく、クラッチ制御を自動化できる技術。クラッチ部のアクチュエーター、これを電子制御するコントロールユニットや各種センサー、クイックシフターを追加することで搭載でき、電子制御スロットル以外の車両にも組み合わせられる。変速は左足シフトペダルによるマニュアルのみ。発進停止時を含めてクラッチは自動制御されるが、クラッチレバーを装備しており、これを握れば瞬時にマニュアルクラッチ状態となる。
※写真はホンダ・CB650R E-クラッチ
ヤマハのY-AMTはハンドシフトを選択
ヤマハは、マニュアル変速機のクラッチを自動制御化する技術を06年型fjr1300asのyccsで確立済み(変速はマニュアル)。日本では24年9月に新発売となったmt-09 y-amtに初採用された機構は、その発展形だ。まずクラッチは完全自動制御化されてクラッチレバーは装備せず、変速は自動のatモード(dまたはd+)と、ハンドシフトによるmtモードに切り替えられる。シフトペダルはなく、変速は左手でシフトレバーを操作。atモード時でも任意のギヤチェンジができる。こちらも既存エンジンに大きな手を加えず搭載可能だ。
※写真はヤマハ・MT-09 Y-AMT
視点を変えると見えてくる自動制御の楽しさとは?
ケン:それなら、自動制御クラッチの楽しさとやらを、オレに響くように教えてくれよ。どうせ、次のバイクもココで買うんだから、早めの営業トークってことで。
本音:そうだなあ……。ケンさんのような頑固ジジイを説得するなら、「そうは言ってもクイックシフターまでは受け入れたでしょ?」とか、「意のままに操るには難しさもありますよ」ですかね。asaはまだ試乗していないんで不明ですが、まずeクラッチは、そもそもシフトチェンジはマニュアルだし、クラッチレバーもあるので、クイックシフター搭載車に近い感覚でも乗れます。今回の650系は電スロじゃないから、高めの回転数で低めのギヤに落とすときはショックがやや大きく、ライダーがタイミングよくスロットルをあおってあげるほうがスムーズなときもあって、意外と操る楽しさはあります。dctやy-amtは、マニュアルモードで走ればハンドシフトが必要。ケンさんのようなベテランライダーの多くは、一般的なモーターサイクルなら何も考えずにシフトチェンジできると思いますが、ハンドシフトが未体験なら、新感覚で楽しめるかもしれません!
ケン:う〜ん、確かにハンドシフトなんてやったことないなあ。でも、dctやy-amtは、結局のところオートマチック変速で適当に走らせるモノなんだろ?
本音:もちろん、そんな感じでもいいんですけど、じつは自動変速とシンクロして走らせるのって、けっこう難しいんですよ。「ここは早めにエンブレ欲しい」なんてところでシフトダウンが遅かったり、「おい待て、まだ2速キープだろ!」なんてところで勝手にシフトアップされたりしちゃうから。で、それをつまらないと思うのか、自動変速機構の特性を理解して乗りこなしてやろうと考えるのかで、オートマに対する評価は変わるはず。dctとy-amtともに変速特性を選択可能で、atモード時でもハンドスイッチでの任意変速ができるから、それらを試してatモードを極めるのもいいんですが、自動でatに復帰するので、サーキットでy-amtに乗ったときは、コーナー立ち上がりでatに戻ってシフトアップするタイミングが、かなり早めだと感じました。ワインディングではatに見切りをつけてmtモードを選ぶのもアリだと思います。とにかく、いい感じで操るためには意外と頭を使わされます。
ケン:なんかそう聞いていると、意外とおもしろそうだなあ……。
本音:あと、ハンドシフトの魅力は、下半身ホールドをしっかりできること。加齢とともに体力的な衰えは少なからずあるはずですから、それを補って、これまで以上に美しいライディングを保つためのアイテムと考えることだってできますよ。
ケン:つまり自動クラッチ制御のバイクは単に楽なだけじゃなく、すっかり忘れていたライディングに対する特別感や向上心をもたらしてくれるかもしれないってことか。こりゃあ、終のバイクなんて考えるのは、まだまだ早いかもな!
当然ながら現段階ではDCTという選択肢も……
ホンダはeクラッチ技術発表会の質疑応答において、「eクラッチはマニュアルトランスミッションの進化版、dctはギヤ選択まで機械任せのオートマチックとして、共存できる関係性」と回答している。つまり、hftを搭載して08年に登場したdn-01が、2年後にdctを採用したvfr1200fが登場したことですぐに姿を消したのと同じようなことにはならないだろう。ちなみに、mtとdctが選択できる車種において、dctを選択するユーザーの比率は6割程度とのこと。つまり半数以上が、すでに“オートマ”を選んでいるのだ。
結論!
「クラッチ操作の煩雑さがあってこそのモーターサイクルだ!!」と主張していたケンさんだったが、語男と雑談するうちに、「現代の新技術を受け入れることが、バイクライフの延命につながるかも……」と思いはじめた。とはいえeクラッチやy-amtのディーラー試乗車を数㎞走らせたくらいでは、「市街地での利便性は知ることができても、ツーリングにおける満足度や機能の魅力を深く理解することは難しい」と予想。そこで、ホンダやヤマハのレンタルバイクサービスを利用した、“ツーリングでのお試し”を画策中だ。