ハーレー和尚のバイク説法「不滅の法灯」
※BikeJIN vol.261 2024年11月号参照
本瀧寺のシュウケンです。先月お伝えしました地元の豊能警察署さんの「秋の全国交通安全運動」の催しが、先日当寺で行われました。当日は多くのライダーが来られ、交通安全についての話を熱心に聞いていました。僭越ながら私も交通安全に関して“油断大敵”のお話をさせていただきました。
油断大敵、1200年の教えを現代へ
以前、このページでもお話した“油断大敵”。この言葉は私が修行をした比叡山に由来するとされています。
比叡山の根本中堂には、『不滅の法灯』と言う灯火があります。その灯火は毎日朝夕2回、僧侶が油を注ぎ、1200年の間消えることなく灯り続けています。一度でも注ぎ忘れて油が断たれると、火が消えてしまうことから“油断”という言葉が生まれたと言われています。
「明らけく後の仏の御世までも光りつたえよ法のともしび」。仏教ではお釈迦様がお亡くなりになられた後、56億7000万年後に弥勒如来の姿となって再びこの世に現れ、人々を救済するとされています。法灯とは仏の光で、法華経の教えを表します。不滅の法灯には、弥勒如来がお出ましになるまで、消えることなく、すべての世の中を照らすようにと言う、天台宗の開祖である伝教大師最澄様の願いが込められています。不注意などたった一度の油断は、ただ火が消えるだけではなく、1200年間灯されてきた最澄様の願いそのものが潰えてしまうことを意味します。
バイクの事故も同じです。これまで無事故であっても、たった一度の事故で愛車が壊れ、自分自身も怪我をする。それだけでは済まずに、ツーリング先での事故は楽しかった思い出などが、すべて台無しになります。場合によっては、命そのものを失ってしまうことさえあります。「今度はバイクでどこどこへ行きたい」「これからもバイクと一緒に楽しく過ごしたい」。それらの願いや想いが、一瞬にして潰えてしまう。それが事故なのです。
では、比叡山では油断しないために、「どうしているか」と言えば、じつは特別なことは何もしていません。朝起きて、お務めをして、ご飯を食べてなど、そんな普段の生活の一部に朝夕2回、灯火に油を注いでいるだけなんです。例え特別な日であっても、この行動が変わることはありません。
スピードを出さない、カーブでは十分にスピードを落とす、交差点では気を付けるなどの安全運転。教習所や免許の取り立ての頃に、皆さんが行っていたことです。それが運転に慣れて、つい忘れたり、いい加減にしてしまいます。それが、まさに“油断”なんです。読者の皆さんはバイクの運転もかなり上手だと思います。でも、いま一度、免許を取得した頃や、バイクに乗り始めた頃の気持ちを思い出してください。
何はともあれ、事故やトラブルもなく催しが、無事終えたことに感謝します。そして「交通事故を無くしたい」と言う豊能警察署さんの願いが途絶えることなく、今後とも続くことを切に願います。
合掌