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なるほど!世界のバイク人「人々を引き付けるレトロモデルの魅力」

ベテランライダーは「あの頃」のあこがれを追いかけ
若者は生まれる前の「素敵なもの」の追体験を求める
パフォーマンスよりもファッション性に目が行くが
テクノロジーにもノスタルジアはあるのではないか

バイクの世界にも大きな波モダンレトロモデルの台頭

レトロスペクティブ、あるいはレトロは、現代の文化として生活に深く根付いている。その範囲は服飾や家具のようなライフスタイルから、電気器具などの実用品にいたるまで幅広い。かつてはレトロブームと呼ばれて、流行のように考えられたことがあったが、今では確実に消費文化の一翼を担っている。

バイクの世界も例外ではない。レトロモデル、あるいはモダンレトロと呼ばれるセグメントは、世界的に見てもモーターサイクル市場の一角を占めている。ちょっと見わたしただけでも、日本製・外国製を問わず、誰でもすぐにいくつかのバイクの名前をあげられるだろう。

レトロスペクティブとは懐古趣味のことだ。そのモチベーションになっているのはノスタルジアである。ノスタルジアの定義は、「過去のある時期や回復不能な状況への回帰に対する希望的または過剰にセンチメンタルな切望」だ。あなたが小さかったころに好きだった歌を公園で遊ぶ子供たちが歌っているのを耳にして、あの日に戻ることができたらなあと思ったことがあるとしたら、それがノスタルジアだ。つまり、後戻りできない過去に対する憧れや、多少の悲哀を伴う郷愁に似たフィーリングである。

バイクにレトロモデルというセグメントが誕生したのはいつだっただろう。2001年にトライアンフがニュー・ボンネヴィルを発表したときは、間違いなくそういう機会のひとつだった。当時、バイクの世界ではまだレトロという言葉は使われておらず、新世代のボンネヴィルはモダンクラシックと呼ばれた。

クラシックとレトロはしばしば混同されがちだが、このふたつはまったくの別物である。クラシックがオリジナルの機構や形態を備えた本物であるのに対して、レトロは現代の技術で作られた製品の見た目だけを古風にデザインしたエステティックな商品だ。この単純な定義からすれば、モダンクラシックというのはどことなく矛盾して聞こえるかもしれないが、イメージとして捉える分には害はない。

ノスタルジアという点ではどうなのだろう。少し極端な言い方をすれば、クラシックバイクのライダーはノスタルジアで乗ってはいない。なぜなら、彼/彼女のバイクは本物の過去だからだ。ノスタルジアがあるとすれば、それはそのバイクの時代背景に対してで、バイクそのものにではない。しかも、その時代背景の中で実際に育ったり、それに近い体験をしたりしている人が多い。

一方、レトロバイクのファンはそれと異なっている。レトロファンの多くは、レトロモデルのモチーフになったバイクが最新型だったときを知らないか、その時代に生まれてもいない。だが、そのこと自体は不思議ではない。ファッションの世界を見ればそれは分かる。自分が経験したことのない過去を追体験しようとする試みは、デザイナーが流行の先駆けとして未来にフィットさせた結果となって、定期的に繰り返されるのだ。

フラットタンク、リジッドフレーム、ガーダーフォークを備えたWW1前のベテラン期のようなバイクは、ゾンシェンの230cc単気筒エンジンを使って7年ほど前にイタリアで作られたブラックダグラス・スターリング。これなら本当にレトロバイクの雰囲気を楽しめる

バイクのレトロもそういったファッションのひとつなのだろうか。市場に増えているレトロモデルといわれるバイクには、排気量が比較的小さくて、結果としてパワーが控えめなものが多い。これは、日常の通行速度が低くて交通環境もそれほど良くない日本では、べつに都合が悪いことではないが、市街地以外の一般道の制限速度が国によって80~100㎞/hで、実際の通行速度はそれよりも速いのが普通のヨーロッパでは、パフォーマンスの点で物足りないときがある。

それでも人々をレトロモデルに惹きつける理由はなんだろう。もう一度レトロモデルの誕生を思い出してみると、それは進化を続けてきたバイクが、初めて立ち止まって後ろを振り返った時期と重なっている。そしてそのとき、それまでパフォーマンスを至上としていたテクノロジーが、19世紀のイギリスの童話から生まれて今では経済から医学、宇宙生物学にまで適用する、有名なゴルディロックスの原理と出会ったのだ。つまり、モーターサイクル版「ほど良い程度」の発見である。これはまた、ニューモデルごとに進化するエレクトロニクスを見慣れたライダーに、ベーシックなスペックでも実用には困らないことを気づかせた。そして、ミニマリスト的な考え方や古いバイクを題材にしたボバーの流行と同調して、レトロはその根を下ろしていった。

しかし、バイクのゴルディロックスがすなわちレトロモデルだという考えは当たっていない。レトロモデルのオーラのもとになっているのは、結局は人々のノスタルジアであり、スペックのベーシックさはコストダウンの結果だと言う皮相家もいる。そしてノスタルジアは、その人がどの世代に属するかでも違うし、どれぐらい昔のものにノスタルジアを感じるかどうかも人によって違う。

私自身はクラシックバイクの愛好家なのでレトロバイクにこだわりはないが、バイク人読者でレトロファンの人がいたら、どの時代にノスタルジアを感じているか聞いてみたい。誰か1980年代の後半から90年代の始まりの時代に興味がある人はいるだろうか。いわゆるバブル期の最後の時代、猛烈な勢いで成長してきた日本の経済がスキール音とともに停止して、日本の失われた数十年が始まったこの時代は、これまで世界が見た市販モーターサイクルの開発に関しておそらくもっとも注目に値する時期だった。GSX-R750、ファイヤーブレード、NRなどをはじめ、400㏄や250㏄の宝石のような4気筒は、平均年齢が50歳前後という読者の皆さんがモーターサイクリングへの第一歩を踏み出したころに生まれたのである。

テクノロジーにもノスタルジアがあるとしたら、この時代のバイクにそれを感じる人もいるだろう。私自身にとっては、30年とちょっと前のバイクなどはまだ十分に新し過ぎるが。

中村恭一
引退した元バイクジャーナリスト&フォトグラファー。天気の良い日はイギリスの田舎道をクラシックバイクで飛ばしている

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