子供の頃に読んだ絵本は、強く印象に残るものだ。そしていつかふと、心に蘇る
今年7月にヤマハが企画した「はしれ! 絵本展」は、実際にバイク乗りが体験した
エピソードをもとに製作された
40冊の絵本を一挙に展示。アートを軸にしながら
「こうあってほしい未来」を見据えた、ヤマハならではのプロモーションである
幼い頃のキラキラした絵本の記憶の中に、バイクがあったらどんなに素敵だろう
個性的で、アーティスティックな絵柄。短くて、印象的な文章。このふたつが組み合わさった絵本は、誰にも分かりやすく、鮮やかな記憶となって心に刻まれる。
幼い頃に読んだ、あるいは読み聞かせてもらった絵本を、誰しも1冊は覚えているはずだ。動物たちのできごと。お片付けの話。冒険の物語。そして、ちょっと怖いお化けのこと。
そんなキラキラした絵本の記憶の中に、バイクがあったらどんなに素敵だろう。ページをめくるたびに、カッコいいバイク、難しいバイク、かわいいバイクが登場し、バイクを取り巻く爽やかな世界が広がっている――。
東京・表参道の複合文化施設、スパイラルガーデンで7月25~27日に行われた「YAMAHA はしれ! 絵本展」には、バイクユーザー40人のエピソードをもとに製作された絵本が飾られていた。
家族連れやカップルが絵本を手に取り、じっくりと眺めている。子供も、大人も。笑顔で、時に真剣に。絵本を眺めた人たちの心にバイクの存在が少しでも残れば、それは素晴らしいことだ。「お子さんや若年層が反応してくれたのは、非常にうれしかったですね」と、企画に携わったヤマハ発動機コーポレートコミュニケーション部の田中伸明さん。
ヤマハ発動機
コーポレートコミュニケーション部
田中伸明さん
92年入社。営業、ショールーム勤務、レース普及業務などを経て、08年より本社で宣伝を担当。バイク以外の趣味は釣りとギター。「遊びの製品を手がけているのがヤマハ。イベントを企画するにしても、遊び心を大切にしたいですね」
今はバイクに乗っていない、そして関心が薄い若年層に向けて、絵本でアプローチする。効果測定しづらいプロモーションにあえてトライし、新しいユーザー獲得を狙う積極性がいかにもヤマハらしい
今回の絵本製作は、14年から始まったLMWテクノロジー(リーニングマルチホイール・ヤマハが提唱する前2輪、後ろ1輪の技術)のプロモーションの一環だ。
LMWテクノロジーはまったく新しい技術だっただけに、ヤマハは当初から積極的にプロモーションを展開してきた。大島優子さんと菅田将暉さんを起用したLMW部を覚えている方も多いだろう。
その後、トリシティやナイケンを軸として、私たちバイク乗りにとってはすっかりお馴染みとなったLMWテクノロジー。これをより広く世に知らしめようというのが、絵本企画の発端だ。「いずれ各社から3輪の乗り物が出揃うかもしれません。その時に、『3輪と言えばヤマハだよね』と言っていただきたい。そのために、より若い層、そして今はバイクに関心を持っていない層にアプローチしたいと考えたんです。
そして辿り着いたのが絵本でした。今回の『はしれ! 絵本展』では、40名のライダーから寄せていただいたエピソードを原作に、プロのコピーライターにリライトしてもらい、40名の絵本作家の方たちに仕上げていただきました」
40冊の絵本には、バイクの楽しさ、バイクの大変さ、バイクの思い出が詰まっている。バイク愛がたっぷりと込もった絵本たちだ。
まだ知らない人たちにいかに知ってもらうか
「はしれ! 絵本展」は、前2輪、後ろ1輪のLMWテクノロジーのプロモーションの一環。LMWは、ナイケンのCMに俳優の斎藤工さんやホストの帝王・ローランドさんを起用するなど、より幅広い層にアプローチする
だが、肝心のLMWテクノロジーのアピール要素が見当たらないのだ。確かに展示会場にはLMWの代表選手であるナイケンが飾られてはいたが、絵本からはLMWテクノロジーの香りがしない。「気付かれてしまいましたか」と田中さんは笑う。「企画の発端は確かにLMWテクノロジーのプロモーションでしたが、やっていくうちに『若年層や低関心層へのアプローチは、二輪業界全体の課題じゃないか』と思い至ったんです。
その打開策として絵本を手がけるなら、これはLMWテクノロジーに留まる話じゃないな、と」
LMWテクノロジーは、前2輪、後ろ1輪ではあるが、リーン(傾くこと)しながら旋回する乗り物のための技術だ。傾いて曲がる。言ってみれば、バイクである。
だから、LMWテクノロジーをプロモーションする一環として企画された絵本に、いわゆる普通のバイクしか登場しない絵本としても、一応は筋が通っている。
だが、大胆と言えば大胆だ。やりようによっては、40冊の絵本すべてにLMWテクノロジーが登場するようなベタなキャンペーンも可能だったはずなのだから。「そういうのって、あまりヤマハらしくないかなって」と田中さん。
それは大いに言える。センスの良さが強みであり、武器にもなっているヤマハがベタベタに押しの強いキャンペーンを張ったら、ちょっと鼻白み感が否めない。「ベタではない分、ふわっとしているのも自覚しています。絵本なんて、生粋のバイク乗りの方たちからどう思われることか(笑)。
でも、今回の絵本企画の狙いは、あくまでも若年層と低関心層へのアプローチです。目線は、今すでにバイクに乗っている方たちではなく、これからバイクに乗ってくださる方たちに向けています」
それは今、二輪業界全体が抱えている課題とも言える。
手触りのある絵本と拡散性が高いウェブを融合